たまものまえ/すいようびのかんぱねら たまものまえ/水曜日のカンパネラ
「たまものまえ」は、日本の音楽ユニット・水曜日のカンパネラによる楽曲である。2024年3月13日にデジタルシングルとして配信され、同年6月5日発売のEP『POP DELIVERY』にも3曲目として収録された。作詞・作曲はケンモチヒデフミが担当している。 Amazon Originalドラマ『僕の愛しい妖怪ガールフレンド』の主題歌として書き下ろされた作品で、ドラマに登場する妖怪ヒロイン・イジーのイメージから、伝説上の妖狐「玉藻前」を題材として制作された。 九尾の狐、狐の嫁入り、狐憑き、化かし、稲荷、油揚げ、百鬼夜行、陰陽師、那須野など、日本の狐・妖怪文化に関係する要素を大量に盛り込み、それらをクラブやダンス、シャンパンタワーといった現代的な言葉と組み合わせた、非常にポップな妖狐ソングである。
基本情報
タイトル:たまものまえ
アーティスト:水曜日のカンパネラ
歌唱:詩羽
作詞:ケンモチヒデフミ
作曲:ケンモチヒデフミ
配信開始日:2024年3月13日
収録作品:POP DELIVERY
EP発売日:2024年6月5日
EP収録順:3曲目
楽曲時間:3分39秒
レーベル:Warner Music Japan
タイアップ:Amazon Originalドラマ『僕の愛しい妖怪ガールフレンド』主題歌
国:日本
デジタルシングルは1曲入りで配信され、その後『POP DELIVERY』へ収録された。Apple Musicでは『POP DELIVERY』の3曲目として掲載されている。
楽曲について
「たまものまえ」は、日本の有名な妖狐・玉藻前を、水曜日のカンパネラらしい現代的でコミカルなキャラクターへ大胆に作り替えた楽曲である。
古典的な玉藻前伝説では、九尾の狐が絶世の美女へ化けて宮廷へ入り込み、人間を惑わせる恐ろしい妖怪として語られる。
一方、本作の玉藻前は、妖怪たちを引き連れて夜のクラブで踊るような、陽気で派手なキャラクターとして表現されている。
歌詞には九尾の狐を直接示す表現をはじめ、狐の嫁入り、神隠し、百鬼夜行、丑三つ時、陰陽師、魑魅魍魎など、古典的な怪異を連想させる言葉が次々と登場する。
しかし、それらを恐ろしい怪談として描くのではない。
妖怪たちはダンスを踊り、玉藻前はクラブの人気者のように振る舞う。
古い妖狐伝説を、現代のダンスミュージックとナイトカルチャーへ置き換えたところが本作最大の特徴である。
キツネとの関係
本作はキツネとの関係が極めて強い楽曲である。
制作時から「キツネの妖怪“たまものまえ”」をテーマとして作られたことが明言されており、歌詞・ミュージックビデオの双方に狐の要素が多数登場する。
主な狐モチーフとして、
九尾の狐
玉藻前
狐の嫁入り
狐の鳴き声「コン」
油揚げ
稲荷
狐の「化かし」
狐憑き
那須野
などが挙げられる。
単にタイトルへ狐の名前を使っただけではなく、楽曲全体そのものが狐文化によって構成された作品である。
玉藻前とは
玉藻前は、日本の伝説に登場する絶世の美女であり、その正体が九尾の狐だったとされる妖狐である。
玉藻前は宮廷へ入り、鳥羽上皇から寵愛を受けるほどの美貌と知性を備えていたとされる。しかし上皇が病に倒れたことで疑いを持たれ、やがて陰陽師によって正体を見破られる。
その正体は人間の女性ではなく、強大な妖力を持つ九尾の狐だった。
正体が露見した妖狐は那須野へ逃れ、最終的に討伐される。その後、妖狐の怨念が「殺生石」へ宿ったという伝説へ続いていく。
「たまものまえ」では、この伝説上の恐ろしい妖狐をそのまま再現するのではなく、現代的なポップアイコンへ変換している。
九尾の狐
歌詞の冒頭から、玉藻前が九尾の狐であることが明確に示される。
九尾の狐は、文字通り九本の尾を持つ狐の霊獣・妖怪である。
中国をはじめ東アジアに広く伝わり、日本では玉藻前伝説を通じて特に有名になった。
創作によって、
神聖な霊獣
長寿の狐
美しい女性へ化ける妖狐
人間を惑わせる妖怪
国家を傾ける魔性の存在
など、さまざまな姿で描かれている。
水曜日のカンパネラ版では、この九尾を恐怖の大妖怪というより、妖怪世界のスターのような存在として表現している。
「こんここん」
楽曲を象徴する音の一つが、狐の鳴き声を模した「コン」の反復である。
日本では、キツネの鳴き声を「コンコン」と表現することが童謡や昔話などを通して定着している。
本作ではこの音をそのまま使うのではなく、「こんここん」などリズミカルな形へ変化させている。
そのため狐の鳴き声が、単なる動物描写ではなく、楽曲を盛り上げる掛け声やビートの一部になっている。
古くから日本人に馴染みのある「コンコン」という狐の記号を、現代のダンスミュージックへ変換した表現である。
狐の嫁入り
歌詞には「狐の嫁入り」も登場する。
狐の嫁入りは、日本各地に伝わる狐に関係した伝承・俗信である。
代表的なのが、晴れているにもかかわらず雨が降る「天気雨」を狐の嫁入りと呼ぶものである。また、夜に連なる怪しい灯火を、狐たちが婚礼の行列をしている姿だと考える伝承も存在する。
「たまものまえ」でも、晴れ間から雨が落ちるという天気雨を思わせる描写があり、狐の嫁入りという言葉と結び付けられている。
古典的な狐の婚礼を、楽曲では妖怪たちの派手なパーティーへつなげている。
百鬼夜行
歌詞では、玉藻前が「百鬼夜行」を思わせる妖怪たちの世界へ人間を誘う。
百鬼夜行とは、多数の妖怪や鬼、怪異が夜に列をなして歩くとされた日本の伝承である。
本来は人間が遭遇すれば危険な怪異として語られることが多いが、本作では百鬼夜行を現代のクラブイベントのように扱っている。
妖怪たちは恐怖の行列を作るのではなく、玉藻前と一緒に踊るパーティーの参加者になる。
九尾の狐を中心にさまざまな妖怪が集まるという構図によって、玉藻前が妖怪世界の中心人物であることも印象付けられている。
陰陽師
歌詞には陰陽師も登場する。
これは玉藻前伝説との関係が非常に深い要素である。
玉藻前は、美しい女性として宮中へ入り込んでいたものの、最終的には陰陽師によって妖狐の正体を見破られたと伝えられる。
そのため妖狐側から見れば、陰陽師は自分たちの正体を暴く天敵のような存在である。
「たまものまえ」では、その陰陽師さえも堅苦しく邪魔な存在として扱い、妖怪たちだけで自由に踊ろうとする。
古典伝説では命を懸けて対峙する「妖狐と陰陽師」という関係を、クラブから邪魔者を追い出すような軽快な描写へ置き換えている点がユニークである。
那須野
歌詞には「那須野」も登場する。
那須野は、玉藻前・九尾の狐伝説にとって非常に重要な土地である。
正体を見破られた九尾の狐は宮廷から逃亡し、那須野へ向かったとされる。そしてそこで討伐され、死後には殺生石になったという伝説が残されている。
ところが「たまものまえ」では、この悲劇的な最期の舞台である那須野まで、ダンスを楽しむ場所のように変換してしまう。
これは水曜日のカンパネラらしい大胆な歴史・伝承の再解釈である。
伝説上では九尾が討たれる場所だった那須野が、本作では玉藻前が主役として盛り上がる場所へ逆転している。
油揚げとお稲荷さん
楽曲には、狐と日本文化を結び付ける代表的な要素である油揚げと稲荷も登場する。
日本では、稲荷大神の眷属として狐が知られている。
そのため稲荷神社には狐像が置かれることが多く、狐へ油揚げを供える文化的イメージも広く定着している。
実際の野生のキツネが特別に油揚げを好むという意味ではなく、これは稲荷信仰や「きつねうどん」「いなり寿司」などを通じて形成された文化的な狐のイメージである。
「たまものまえ」では、九尾の狐という大妖怪だけでなく、こうした身近な狐文化まで一曲の中に盛り込んでいる。
「化かし」
狐を象徴するもう一つの言葉が「化かす」である。
歌詞でも、狐同士あるいは狐と人間が互いに化かし合うような表現が用いられている。
日本の昔話では狐は、
人間へ化ける
幻を見せる
道を迷わせる
別人になりすます
など、人間を「化かす」動物として繰り返し描かれてきた。
玉藻前そのものも、人間の女性へ化けて宮廷へ入り込んだ妖狐であるため、「化かす」という行為は彼女の伝説と非常に相性がよい。
本作ではそれを恐ろしい能力としてだけではなく、妖狐たちが楽しむゲームや駆け引きのような感覚へ変えている。
「たまもるふぉーぜ」
歌詞には「たまもるふぉーぜ」という特徴的な造語が登場する。
これは「玉藻」と、変身・変態を意味する「メタモルフォーゼ」を組み合わせた言葉遊びと考えられる。
玉藻前は狐から人間へ姿を変える妖狐である。
そのため「変身」という概念は玉藻前の本質そのものといえる。
水曜日のカンパネラは、その古典的な「狐の変化」を現代的なカタカナ語と言葉遊びに変換している。
現代のクラブへやって来た玉藻前
「たまものまえ」最大の特徴は、平安時代などを舞台にした古典的な妖狐伝説を、そのまま再現していないことである。
歌詞には、クラブ、VIPルーム、シャンパンタワー、ダンス、売上といった現代的なナイトカルチャーを思わせる要素が並ぶ。
その中心にいるのが玉藻前である。
古典では「国を傾けるほどの美女」。
本作では「妖怪クラブの人気者」。
時代も状況も大きく異なるが、「圧倒的な魅力で周囲を引き付ける」という玉藻前の本質は共通している。
絶世の美女という古典的設定を、現代におけるスター性や人気へ置き換えたキャラクターとして見ることができる。
『僕の愛しい妖怪ガールフレンド』との関係
「たまものまえ」は、Amazon Originalドラマ『僕の愛しい妖怪ガールフレンド』の主題歌として書き下ろされた。ドラマは2024年3月22日から配信されている。
楽曲は、ドラマに登場する「怪しげな魅力を持つ妖怪ヒロイン・イジー」のイメージから、伝説上の妖狐・玉藻前をテーマに制作された。
つまり、単にドラマに狐が登場するから玉藻前を選んだというより、
妖しく魅力的な妖怪の女性
というヒロインの性質を、日本を代表する妖狐・玉藻前へ重ねた楽曲である。
玉藻前の「美女として人間を魅了する」という特徴と、ドラマの妖怪ヒロインという設定を結び付けたタイアップ曲となっている。
ミュージックビデオ
「たまものまえ」のミュージックビデオは、楽曲配信日と同じ2024年3月13日に公開された。監督は田向潤が担当している。
MVのコンセプトは「きつね憑きによる謎の事件」である。
詩羽が事件を起こした狐「たまものまえ」に扮し、周囲の人々へ次々と憑りついていく。そして狐に憑かれた人々が「コンココンダンス」を踊り始めるという、ポップでシュールな映像になっている。
つまりMVでは、歌詞に登場する九尾の狐だけでなく、日本に伝わる「狐憑き」まで取り入れられている。
狐憑き
狐憑きは、日本で古くから語られてきた狐に関係する怪異・民間信仰である。
狐あるいは狐に由来する霊的存在が人間へ取り憑き、その人物の言動や精神状態を変化させると考えられてきた。
「たまものまえ」のMVでは、この怪異を非常にコミカルに再解釈している。
狐に憑かれた人間は恐ろしい異常行動を起こすのではなく、独特の「コンココンダンス」を踊り出す。
つまり、
古典的な狐憑き=恐ろしい怪異
を、
現代版の狐憑き=強制的にダンスしたくなる怪事件
へ変化させている。
水曜日のカンパネラのユーモアが特に分かりやすく表れた狐表現である。
EP『POP DELIVERY』
「たまものまえ」は、2024年6月5日発売のEP『POP DELIVERY』にも収録された。
Apple Musicでは全8曲で構成され、「たまものまえ」は3曲目に配置されている。
収録順では、
- 赤猫
- キャロライナ
- たまものまえ
- 聖徳太子
- アルキメデス
などが並んでいる。
歴史上の人物や伝説、動物など、一見するとまったく異なる題材をポップミュージックへ変換する水曜日のカンパネラらしい作品群の中に、玉藻前という日本を代表する妖狐も加わっている。
水曜日のカンパネラについて
水曜日のカンパネラは、2012年に結成された日本の音楽ユニットである。現在は詩羽が主演・歌唱、ケンモチヒデフミが音楽を担当している。2021年9月に初代主演・歌唱のコムアイが脱退し、詩羽が2代目として加入した。
人物、歴史、昔話、動物などを題材にしながら、史実や伝承をそのまま説明するのではなく、大胆な言葉遊びや現代文化と組み合わせることを特徴としている。
「たまものまえ」でもその作風が存分に発揮されている。
本来は人間を惑わせ、最後には討伐されて殺生石となる恐ろしい九尾の狐。
その玉藻前を、百鬼夜行のクラブで妖怪たちを踊らせ、狐憑きによって人々までダンスさせるポップな妖狐へ作り替えている。
九尾の狐、玉藻前、狐の嫁入り、狐憑き、化かし、鳴き声、油揚げ、稲荷、那須野、陰陽師といった狐文化が一曲の中へ密集しており、日本の伝説上の狐を現代的に再構成した、キツネとの関係が極めて深い楽曲である。