ざ ふぉっくす あんど ざ ぐれーぷす/まーでらす The Fox and The Grapes/Mardelas
「The Fox and The Grapes」は、日本のヘヴィメタル/ハードロックバンド・Mardelasによる楽曲である。2022年9月7日にキングレコードのNEXUSレーベルから発売された4thフルアルバム『Mardelas Ⅳ』に収録され、全10曲中4曲目に配置されている。作詞・作曲・編曲はいずれもギターの及川樹京が担当している。 タイトルは、イソップ寓話として知られる「The Fox and the Grapes(狐と葡萄/すっぱい葡萄)」を直接モチーフとしている。及川樹京本人もインタビューで、イソップ童話の「すっぱい葡萄」が本作のテーマであると明言している。 ただし、歌詞の中で動物の狐が主人公として登場し、葡萄を取ろうとする寓話そのものが再現されるわけではない。手に入らないものを「くだらない」「価値がない」と否定して自分の心を守るという、寓話の狐が象徴する心理を、現代人やSNS社会へ置き換えた作品である。
基本情報
タイトル:The Fox and The Grapes
アーティスト:Mardelas
作詞:及川樹京
作曲:及川樹京
編曲:及川樹京
収録アルバム:Mardelas Ⅳ
発売日:2022年9月7日
収録順:4曲目
規格品番:KICS-4060
発売元:キングレコード
レーベル:NEXUS
国:日本
『Mardelas Ⅳ』には以下の全10曲が収録されている。
- Burn Out!
- Expendable
- Last Round Survivor
- The Fox and The Grapes
- G-Metal [album version]
- Raccoon Party
- Force & Justice [album version]
- Spider Thread [album version]
- String of Life
- M.D.M.A
本作はMardelas自身によってプロデュースされ、レコーディング、ミックス、マスタリングはHiro(STUDIO PRISONER)が担当した。
楽曲について
「The Fox and The Grapes」は、「本当は欲しいのに、手に入らないから価値がないことにする」という人間の心理を描いた楽曲である。
歌詞の主人公は、自分の本心を隠し、平静を装いながら生活している。夢や願いを抱えているにもかかわらず、それを素直に認めることができず、自分自身へ嘘をついて否定してしまう。
しかし曲が進むにつれて、その姿勢に変化が生まれる。
最初は自分の夢を「くだらない」と否定していた人物が、手を伸ばしても届かない現実に直面し、それでも近づきたいと思うようになる。そして最終的には、自分の願いそのものを認め、未来へ向かって手を伸ばそうとする。
つまり本作では、「すっぱい葡萄」の狐と同じ自己防衛から始まりながら、その心理を乗り越えていくところまでが描かれている。
キツネとの関係
本作におけるキツネとの関係は、イソップ寓話「狐と葡萄」にある。
作詞・作曲者の及川樹京は、本曲についてイソップ童話「すっぱい葡萄」をテーマにしたことを明言している。
したがって、タイトルに狐が偶然使われているわけではない。
狐が、
欲しい葡萄へ手を伸ばす
↓
届かない
↓
自分が傷つく
↓
「どうせ価値がない」と考える
という寓話上の行動そのものが、楽曲のテーマの土台となっている。
本作の狐は実際の動物として歌詞に登場するのではなく、人間の「負け惜しみ」「自己正当化」「傷つかないための言い訳」を象徴する存在である。
イソップ寓話「狐と葡萄」
「狐と葡萄」は、古代から伝わるイソップ寓話の一つである。
物語では、狐が木や蔓の高いところに実った葡萄を見つける。狐は葡萄を食べようと何度も跳び上がるが、どうしても届かない。
最終的に狐は葡萄を諦め、その葡萄にはそもそも食べる価値がなかったのだと考えて立ち去る。
この寓話から、欲しかったものを手に入れられなかったとき、そのものの価値を意図的に低く評価する態度を指して「すっぱい葡萄」と呼ぶようになった。
Mardelasの楽曲は、この狐の心理を現代人の感情へ置き換えている。及川自身も、欲しいものを「つまらないもの」と言い放つことで自分が傷つかないようにする心理をテーマにしたと説明している。
「すっぱい葡萄」と防衛機制
及川樹京は本曲のテーマについて、イソップ寓話「すっぱい葡萄」を、心理学における防衛機制の一つとして説明している。
人間は、強く望んでいたものを手に入れられなかった場合、その失敗をそのまま認めると傷つくことがある。
そこで、
「本当は必要なかった」
「そんなものには価値がない」
「最初から欲しくなかった」
と考えることで、自分自身を納得させようとする。
寓話の狐も、本当は葡萄を食べたかった。
しかし届かなかったため、「あの葡萄はどうせ酸っぱい」と価値を否定する。
本作のタイトルは、そうした人間にも存在する心理を一匹の狐によって象徴している。
歌詞と「届かない葡萄」
興味深いのは、歌詞そのものには狐や葡萄を直接描写する必要がないことである。
楽曲では、主人公が夢や願いに手を伸ばしながら「届かない」と感じる場面が描かれる。
この構図そのものが、葡萄へ向かって何度も跳ぶイソップ寓話の狐と重なる。
寓話では、
葡萄=欲しいもの
である。
本作ではそれが、
夢
願い
理想
未来
など、人間が求めるものへ置き換えられている。
つまりタイトルを知ったうえで歌詞を読むと、主人公自身が現代の「葡萄へ手を伸ばす狐」になっていることが分かる。
「くだらない」と否定する心
本作の歌詞では、主人公が自分の夢について否定的に語る場面がある。
これは「すっぱい葡萄」の心理を非常に分かりやすく表している。
本当に夢がくだらないから諦めるのではない。
叶わなかったときに傷つくことが怖いため、最初から価値のないものだと思い込もうとする。
寓話の狐も同じである。
葡萄を食べられなかったという事実を受け入れる代わりに、「食べる価値がない葡萄だった」と考える。
そのため「くだらない」と夢を否定する主人公の言葉は、寓話における「酸っぱい葡萄」に相当する役割を持っている。
狐からの変化
ただし本作は、寓話の狐とまったく同じ結末を迎えない。
イソップ寓話の狐は葡萄を諦め、その場を去ってしまう。
一方、「The Fox and The Grapes」の主人公は、最終的には自分が本当は願いを叶えたいという気持ちを認める。
つまり、
「どうせくだらない」
から
「届きたい」
そして
「叶えたい」
へと心境が変化していく。
これは「すっぱい葡萄」という防衛機制を描くだけでなく、そこから抜け出す物語でもある。
自分が傷つくことを恐れて夢を否定するのではなく、届かないかもしれなくても、それでも手を伸ばす。
本作では、寓話の狐ができなかった選択を人間の主人公が行っているとも捉えられる。
SNS社会と「狐と葡萄」
本作の背景には、現代のSNS社会もある。
及川樹京はインタビューで、SNSの普及によって、それまでは見なくてもよかった他人の側面まで目に入るようになったことを楽曲制作の背景として挙げている。
特にインターネット上では、他人の成功、幸福、才能、所有物などが簡単に目に入る。
それを見て本当は羨ましいと思っていても、
「あんなものは大したことない」
「くだらない」
「別に羨ましくない」
と否定することで、自分自身の心を守る場合がある。
及川は、匿名で発言できるネット上で他人について批判的なことを書く状況も含めて歌詞にしたと説明している。
そのため「狐と葡萄」という数千年前から伝わる寓話が、SNS時代の人間心理へそのまま当てはめられている。
狐は「悪者」ではない
本作における狐は、妖狐や悪役として登場するわけではない。
狐が象徴しているのは、誰にでも存在し得る弱さである。
人は失敗すれば傷つく。
他人より劣っていると感じれば苦しい。
夢が叶わなければ、自分自身を否定したくなる。
だからこそ、最初から夢そのものを否定する。
寓話の狐が行ったことは、一見すると負け惜しみに見えるが、自分自身を守るための行動でもある。
及川自身も、この心理について「もともと人が持っているもの」としたうえで、SNSによってそれが目に入る機会が増えたという趣旨を語っている。
そのため本作の狐は「狡猾なキツネ」というより、人間の弱さを映し出す鏡のような存在となっている。
タイトルが英語である理由
楽曲タイトルは日本語の「狐と葡萄」ではなく、「The Fox and The Grapes」と英語表記になっている。キングレコード公式でもこの表記で登録されている。
これはイソップ寓話「The Fox and the Grapes」の英語題と同じ名称である。
そのためタイトルだけでも、作品の元になった寓話を直接示す構造となっている。
一方、歌詞そのものは日本語を中心としている。
古典寓話の英語題をそのまま掲げながら、内容を現代日本社会やSNS時代の心理へ置き換えている点が特徴である。
音楽面
「The Fox and The Grapes」は、ハードなサウンドとメロディアスな要素を併せ持つ楽曲である。
2025年のMardelas結成10周年ライブを紹介したキングレコードのレポートでは、本曲をメロディアス・ハード系のメタル曲としながら、リズム面にも特徴がある作品として紹介している。
また、2023年のライブレポートでも、J-POP的なメロディの輝きを持ちながら、ヘヴィなサウンドを展開する楽曲として評されている。
及川樹京によるギターワークも特徴で、2023年に行われた及川のギターセミナーでは、本曲がデモ演奏曲として取り上げられた。
アルバム『Mardelas Ⅳ』
『Mardelas Ⅳ』は、2022年9月7日に発売されたMardelasのスタジオアルバムである。
キングレコードによれば、フルアルバムとしては2018年発売の『Mardelas Ⅲ』以来となる作品で、2019年のEP『Ground Zero』を経て制作された。蛇石マリナ、及川樹京に加え、本作からは本石久幸もソングライティングへ参加している。
コロナ禍におけるさまざまな制限や社会状況の中で制作されたアルバムでもあり、当時のインタビューでは、現代社会やSNSの問題などが歌詞へ反映されたことが語られている。
「The Fox and The Grapes」はその中でも、及川が単独で作詞・作曲・編曲を担当した楽曲である。
ライブでの演奏
「The Fox and The Grapes」はアルバム発売後もMardelasのライブで演奏されている。
2024年2月25日にSHIBUYA PLEASURE PLEASUREで開催された初のホールワンマン公演『Live 2024 -Dead or Alive-』では6曲目に演奏され、その模様が2024年9月25日発売のライブ映像作品にも収録された。
また、2025年4月29日にSHIBUYA CLUB QUATTROで開催されたメジャーデビュー10周年ライブでも披露されている。
アルバムの一収録曲にとどまらず、その後もライブで演奏され続けている楽曲である。
Mardelasについて
Mardelasは、ヴォーカルの蛇石マリナを中心とする日本のヘヴィメタル/ハードロックバンドである。2015年にメジャーデビューし、メロディアスな楽曲とハードなバンドサウンドを特徴として活動している。
「The Fox and The Grapes」ではギターの及川樹京が作詞・作曲・編曲をすべて担当し、古典的なイソップ寓話を現代社会の問題へ結び付けた。
本作に動物としての狐は直接登場しない。
しかし、イソップ寓話の狐が行う「届かない葡萄を価値のないものだと思い込む」という行動が楽曲の核心そのものであり、その狐を現代人へ置き換えている。
そして最終的には、「どうせ価値がない」と夢を否定する状態から、自分の本当の願いを認めて再び手を伸ばす方向へ進んでいく。
世界的に知られる狐の寓話を、SNS社会における嫉妬、自己防衛、他者批判、そして自分の夢と向き合うことへ発展させた狐関連楽曲である。