ぎんぎつね ギンギツネ
黒色から銀灰色の毛を持つアカギツネの毛色変異である。
概要
ギンギツネは、黒色から銀灰色の毛を持つアカギツネの毛色変異である。独立した種や亜種ではなく、一般的な赤褐色のアカギツネ、背中に十字形の黒い模様が現れる十字ギツネなどと同じ種に分類される。
全身が黒く見える個体から、銀白色の毛が多く混じる個体まで、毛色には大きな幅がある。野生でも生まれるが比較的珍しく、美しい冬毛が毛皮として高く評価されたことから、毛皮農場で選択的に繁殖されてきた。
ロシアで始められた「キツネの家畜化実験」に使われたことでも知られる。ただし、ギンギツネという毛色であることと、人間に慣れた家畜化系統であることは別の性質である。
基本情報
項目 | 内容 |
|---|---|
分類 | 哺乳綱・食肉目・イヌ科・キツネ属 |
学名 | Vulpes vulpes |
英名 | Silver Fox |
分類上の位置 | アカギツネの黒色・銀色系の毛色変異 |
別名 | クロギツネ、シルバーフォックス |
頭胴長 | 約45.5~90センチメートル |
尾長 | 約30~55.5センチメートル |
体重 | 約3~14キログラム |
食性 | 雑食性 |
主な活動時間 | 夜間、薄明薄暮時 |
分布 | アカギツネの分布域内 |
保全状況 | 独立した評価なし。アカギツネは低危険種(LC) |
体の大きさや生息環境、生態は基本的にアカギツネと同じである。寒冷地域の個体は比較的大きく、温暖な地域の個体は小さい傾向がある。
名前の由来
黒い体毛の間に銀白色の毛が混じり、光の当たり方によって銀色に輝いて見えることから「ギンギツネ」と呼ばれる。
英名の「Silver Fox」も同じ意味である。黒色が強い個体は「Black Fox」と呼ばれることもあるが、ギンギツネとクロギツネの境界は必ずしも明確ではない。
ギンギツネの「銀」は分類学上の種名ではなく、毛色を表す名称である。
分類
ギンギツネには、アカギツネとは異なる独自の学名は与えられていない。学名はアカギツネと同じ「Vulpes vulpes」である。
かつては毛色の違いから別種として扱われることもあったが、現在はアカギツネの色彩多型の一つとされている。そのため、赤褐色のアカギツネとギンギツネが交配して子供を残すことができ、同じ親から生まれた兄弟の間で毛色が異なる場合もある。
アカギツネのおもな毛色は、次のように分けられる。
毛色 | 特徴 |
|---|---|
赤色型 | 赤褐色を中心とする一般的な毛色 |
十字型 | 背中と肩に黒い十字模様が現れる |
銀色・黒色型 | 黒色の毛が多く、銀白色の差し毛が混じる |
飼育下の改良色 | プラチナ、パール、ホワイトなど、人為的な繁殖で固定された毛色 |
これらの境界には中間的な個体も存在する。
外見
基本的な体つきはアカギツネと同じで、細長い吻、三角形の大きな耳、ほっそりした四肢、長くふさふさした尾を持つ。
体毛の基調は黒色または黒褐色である。長い差し毛の一部で色素が弱くなり、白色や銀灰色に見える帯や毛先が現れる。この毛が黒い下毛の上に重なることで、全身が銀色に光っているように見える。
銀白色の毛の量には個体差があり、外見は一様ではない。
- ほぼ全身が光沢のある黒色になる個体
- 背中や肩を中心に銀白色の毛が入る個体
- 全身に銀色の差し毛が広がる個体
- 黒色よりも灰色が強く見える個体
- 赤褐色の毛が部分的に残る個体
吻、耳、四肢は黒くなることが多い。尾も黒色から銀灰色であるが、アカギツネと同じように先端が白くなる個体が多い。
夏毛は冬毛よりも短く、黒色や褐色が目立つ場合がある。冬になると下毛が密になり、銀色の差し毛も目立ちやすくなる。
毛色の仕組み
ギンギツネの暗い毛色は、体毛の色を作る遺伝的な変異によるものである。黒色や褐色の色素であるメラニン、とりわけ黒褐色系のユーメラニンが強く現れるため、通常の赤褐色とは異なる外見になる。
一般には黒化型またはメラニズムの一例として説明される。ただし、ギンギツネの毛色を作る遺伝的な仕組みは一種類だけではなく、地域や飼育系統によって関係する遺伝子が異なる場合がある。
毛皮農場では、黒色の濃さ、銀白色の毛の量、銀色の模様が現れる範囲、毛の長さや密度などを基準に繁殖が行われた。その結果、野生個体よりも毛色の変化に富んだ系統が作られている。
分布
ギンギツネは独立した種ではないため、固有の分布域を持たない。アカギツネが暮らす北半球の広い地域で、まれに銀色型や黒色型が生まれる。
特に野生のギンギツネが知られている地域には、次のような場所がある。
- カナダ
- アラスカ
- アメリカ合衆国北部
- 北ヨーロッパ
- ロシア
- シベリア
- 中央アジア
一般に寒冷な北方地域で比較的よく報告されるが、アカギツネの大部分は赤色型であり、野生のギンギツネは珍しい存在である。
毛皮用に飼育されていた個体が逃げ出したり放されたりしたことで、本来の野生個体とは異なる飼育系統が自然環境で発見される場合もある。
生息環境
森林、草原、農地、ツンドラ、山地、海岸、都市近郊など、アカギツネと同じ多様な環境に生息する。
ギンギツネだけが好む特別な環境があるわけではない。毛色以外の生態的特徴は、同じ地域に暮らす赤色型のアカギツネとほぼ共通している。
地面に巣穴を掘るほか、アナグマなどが使った穴、岩の隙間、倒木の下、建物の床下などを利用する。巣穴はおもに出産と子育てに使われ、成獣は草むらや低木の陰で休むこともある。
食性
雑食性であり、生息地で入手できるさまざまな食べ物を利用する。
主な食べ物は次のとおりである。
- ネズミ類
- ウサギ類
- 鳥類
- 鳥の卵
- カエル
- トカゲ
- 魚類
- 昆虫
- ミミズ
- 動物の死骸
- 果実
- 木の実
- 穀物
聴覚を使って草むらや雪の下にいる小動物を探し、獲物の位置を特定すると高く跳び上がって前足から飛び込む。
一度に食べ切れない餌は地中などに埋めて保存する。都市部では生ごみや人間が与えた食べ物を利用する場合もあるが、餌付けは人慣れや生活被害を引き起こす原因となる。
生態
おもに夜間や明け方、夕方に活動する。人間の少ない地域では、昼間に姿を見せることもある。
通常は単独で餌を探すが、繁殖期にはつがいを形成し、親子を中心とした小規模な家族群で暮らす場合がある。尿、糞、尾の付け根にある臭腺などを使って匂いを残し、ほかの個体へ縄張りや繁殖状態を伝える。
聴覚と嗅覚が発達しており、小さな物音から獲物の位置を把握できる。走る、跳ぶ、穴を掘るといった能力にも優れ、環境への適応力が高い。
ギンギツネだから特別におとなしいということはなく、野生個体は通常のアカギツネと同じく人間を警戒する。
繁殖
繁殖の仕組みもアカギツネと同じである。繁殖期は地域によって異なるが、北半球ではおもに冬に交尾し、春に出産する。
妊娠期間は約49~55日で、一度に平均4~5頭ほどの子供を産む。子供は目が閉じた状態で生まれ、生後約2週間で目を開く。4~5週間ほどで巣穴の外へ出始め、8~10週間ほどで離乳する。
毛色は両親から受け継いだ遺伝的な組み合わせによって決まる。ギンギツネ同士から銀色型の子供が生まれるだけでなく、赤色型との組み合わせから銀色型、赤色型、十字型に近い子供が生まれる場合もある。
飼育下では希望する毛色を固定するため、何世代にもわたって選択交配が行われてきた。
毛皮産業との関係
ギンギツネの冬毛は密度が高く、黒と銀の強い対比を持つことから、古くから高級な毛皮として扱われてきた。特にロシア、中国、ヨーロッパ、北アメリカでは、野生個体の毛皮が高値で取引された。
野生のギンギツネは数が少なく、安定した供給が難しかった。そのため、19世紀末から20世紀にかけてカナダなどで毛皮用の飼育と繁殖が発達し、その後ヨーロッパやロシアなどへ広がった。
飼育下では、銀色の毛が多い個体や毛並みのよい個体を選んで交配することで、毛皮用品種としての特徴が強められた。現在見られる飼育下のギンギツネには、こうした毛皮農場由来の系統が多い。
一方、狭いケージでの飼育、行動の制限、殺処分方法などをめぐり、動物福祉上の問題も指摘されている。国や地域によっては毛皮農場を禁止したり、飼育条件を厳しく規制したりする動きがある。
キツネの家畜化実験
ギンギツネは、旧ソビエト連邦で始められたキツネの家畜化実験によって広く知られるようになった。
1950年代後半、遺伝学者ドミトリー・ベリャーエフとリュドミラ・トルートらは、ノヴォシビルスクの細胞学・遺伝学研究所で、毛皮農場由来のギンギツネを使った選択交配を開始した。
実験では毛色や体格ではなく、人間に対する恐怖や攻撃性が弱く、自発的に近づこうとする個体を選んで繁殖させた。選択を重ねた系統では、次のような行動が観察されるようになった。
- 人間へ積極的に近づく
- 人の手をなめる
- 尾を振る
- 触れられることを受け入れる
- 人間の呼びかけに反応する
- 強い恐怖や攻撃行動を示しにくくなる
さらに一部の個体には、白い斑模様、垂れ耳、巻いた尾、頭骨の形の変化、繁殖周期の変化なども現れた。この研究は、人間に対する行動を基準とした選択が、動物の身体や生理にも関連する変化をもたらす可能性を調べる重要な研究となった。
ただし、この実験で作られた家畜化系統は、ギンギツネ全体のごく一部である。野生のギンギツネや一般的な毛皮農場のギンギツネが、同じように人懐こいわけではない。また、実験結果を「すべての家畜化動物に共通する変化」の証明とみなせるかについては、現在も研究と議論が続いている。
ペットとしてのギンギツネ
人間に慣れた個体であっても、ギンギツネはイヌと同じ感覚で飼育できる動物ではない。
穴掘り、食べ物の貯蔵、強い匂いを伴うマーキング、物をかじる行動など、キツネ本来の習性を持つ。運動能力が高く、わずかな隙間から脱走する可能性もある。診療できる獣医師が限られ、地域によっては飼育に許可や届け出が必要となる。
家畜化実験の個体と、幼いころから人に育てられただけの個体も区別する必要がある。人に慣れた「馴化」と、何世代にもわたる遺伝的な選択による「家畜化」は同じものではない。
キツネとの関係
ギンギツネは「アカギツネに似た別のキツネ」ではなく、アカギツネそのものである。毛色の違いだけで種を区別することはできない。
日本に生息するキタキツネはアカギツネの亜種であるため、分類上はギンギツネと非常に近い。ただし、「キタキツネ」と「ギンギツネ」は分類の基準が異なる。
- キタキツネは、地域と形態によって区別されたアカギツネの亜種である
- ギンギツネは、アカギツネに現れる毛色の型である
十字ギツネもアカギツネの毛色変異である。十字ギツネは背中と両肩の黒い帯が交差して見えるのに対し、ギンギツネは全身の黒色化と銀白色の差し毛が目立つ。
ホッキョクギツネには冬毛が白くならず青灰色になる「青色型」が存在するが、これはギンギツネとは別種である。毛皮取引では名称が混同されることがあるため注意が必要である。
保全状況
ギンギツネは独立した種や亜種ではないため、ギンギツネだけを対象としたIUCNレッドリストの評価はない。
母体となるアカギツネは低危険種に分類され、イヌ科の中でも特に広い分布域を持つ。森林から都市部まで多様な環境を利用でき、世界規模では絶滅の危険性は低い。
ただし、野生の銀色型は地域によって非常に珍しい。珍しい毛色を持つ個体が捕獲や密猟の対象になれば、その地域における色彩の多様性が失われる可能性がある。また、毛皮農場から逃げた個体が野生個体と交配した場合、地域固有の遺伝的構成へ影響を与えることも考えられる。
参考リンク
・Animal Diversity Web「Vulpes vulpes」
https://animaldiversity.org/accounts/Vulpes_vulpes/
・American Scientist「Early Canid Domestication: The Farm-Fox Experiment」
参考リンク
https://www.americanscientist.org/article/early-canid-domestication-the-farm-fox-experiment