こどくのさいぼう/りんとしてしぐれ 狐独の才望/凛として時雨
「狐独の才望」は、日本のロックバンド・凛として時雨による楽曲である。2023年11月8日にデジタルシングルとして配信され、Netflixシリーズ『陰陽師』のオープニング主題歌に起用された。作詞・作曲はTKが担当している。 Apple Musicでは1曲入りのシングルとして配信され、楽曲時間は3分32秒。発売元はSony Music Labels Inc.である。 タイトルの「狐独」は、本来の「孤独」の「孤」を「狐」へ置き換えた言葉遊びである。音楽メディアでは、この「狐」の字がアニメ『陰陽師』に掛けて使用されたことが明記されている。 さらに歌詞には狐そのものが明確に登場し、「狐」「孤」「虚」といった同音・類似音の漢字を重ねながら、孤独、欲望、呪い、感情、虚無といった作品の中心テーマが組み立てられている。
基本情報
タイトル:狐独の才望
読み:こどくのさいぼう
アーティスト:凛として時雨
作詞:TK
作曲:TK
配信開始日:2023年11月8日
形態:デジタルシングル
楽曲時間:3分32秒
タイアップ:Netflixシリーズ『陰陽師』オープニング主題歌
発売元:Sony Music Labels Inc.
国:日本
Sony Music公式ディスコグラフィーでも、2023年11月8日配信限定作品として掲載され、『陰陽師』のオープニング主題歌であることが明記されている。
楽曲について
「狐独の才望」は、Netflixシリーズ『陰陽師』のために書き下ろされた楽曲である。
『陰陽師』では、平安時代を舞台に陰陽師・安倍晴明と源博雅が、鬼や怪異に関係する事件へ立ち向かう。
作中では、人間の嫉妬、憧れ、執着などの感情が膨れ上がり、人が鬼へ変貌してしまう出来事が描かれる。
「狐独の才望」も、単に陰陽師や妖怪の世界を表面的に描くのではなく、人間の内側に存在する、
欲望
怒り
恨み
孤独
虚無
感情
呪い
へ焦点を当てている。
そのため怪異を外から描く歌ではなく、「人間の内側から怪異が生まれる」という『陰陽師』の世界観と強く結び付いた作品である。
キツネとの関係
本作とキツネとの関係は、タイトルと言葉遊びの両面に存在する。
最も明確なのが、
「孤独」
を
「狐独」
へ置き換えたタイトルである。
リスアニ!では、曲名「狐独の才望」の「狐」は『陰陽師』という作品に掛けて「きつね」の漢字が使われていると明記されている。
したがって、単なる誤字や偶然の表記ではない。
「孤独」という人間の心理状態へ、『陰陽師』の世界を象徴する怪異的な「狐」を入り込ませた造語である。
さらに歌詞中でも狐が明確に用いられているため、狐との関係は題名だけに留まらない。
「孤独」ではなく「狐独」
タイトルの最大の特徴は「狐独」という造語である。
通常、日本語では「こどく」は、
孤独
と書く。
ところが本作では、
狐独
となっている。
発音は同じでありながら、
孤=ひとり
狐=キツネ
という異なる意味が重なる。
そのためタイトルを耳で聞くだけなら「孤独の才望」と聞こえるが、文字を見ると突然そこへ「狐」が現れる。
この視覚的な仕掛け自体が、『陰陽師』という怪異の世界へ聴き手を導く役割を持っている。
「狐」と「孤」
歌詞では、「狐」と「孤」がさらに重ねられる。
特に「虚」「狐」「孤」という、いずれも「こ」と読める漢字を連続的に配置した表現があり、意味と音の両方で言葉遊びが行われている。
それぞれ意味を分けると、
虚=空虚、実体がないもの
狐=キツネ、怪異を連想させる存在
孤=ひとり、孤独
となる。
つまり一つの「こ」という音の中に、
空虚
狐
孤独
という三つの異なるイメージを押し込んでいる。
本作の狐は、単に動物として描かれるのではなく、「孤独」や「虚無」と音の上で融合した言葉として機能している。
「狐に包まれた」
歌詞には、人物が狐に包まれていることを示す表現も登場する。
ここでも狐は現実の野生動物として描かれているわけではない。
『陰陽師』という怪異の世界と、人間の内側にある欲望や呪いを象徴する存在として狐が用いられていると考えられる。
ただしTK自身が、この「狐」を具体的に何の狐として想定したかまでは公表していない。
そのため、
安倍晴明の狐
妖狐
九尾の狐
稲荷狐
など、特定の狐伝承へ限定することは避ける必要がある。
なぜ『陰陽師』に狐なのか
『陰陽師』と狐は、日本文化において非常に連想しやすい組み合わせである。
陰陽師・安倍晴明には、後世の伝説の中で狐との関係が語られてきた。
特に有名なのが、安倍晴明の母を狐「葛の葉」とする伝承である。
ただし、Netflix版『陰陽師』は夢枕獏による小説を原作としており、今回確認できる公式紹介では「晴明の母が葛の葉である」という設定を主題として掲げているわけではない。
したがって「狐独の才望」の狐を直接「葛の葉」と断定することはできない。
一方で、「陰陽師」という文化的題材と狐という漢字の組み合わせ自体には、日本の晴明伝説や妖狐文化を連想させる効果がある。
安倍晴明と狐
安倍晴明は、平安時代に実在した陰陽師である。
しかし後世には数多くの伝説が作られ、超人的な呪術を操る人物として語られるようになった。
その中で有名なのが、母親が狐であったとする「葛の葉」伝説である。
葛の葉は狐が女性へ化けた存在とされ、人間との間に生まれた子が晴明であるという物語が伝えられている。
このため現代日本では、
安倍晴明
陰陽師
狐
妖狐
変化
といったモチーフが非常に結び付きやすい。
「狐独の才望」という題名も、『陰陽師』の主題歌として「狐」の字を使用することで、そうした文化的な連想を一文字で呼び起こしている。
ただし、本曲が葛の葉伝説を直接描写しているわけではない。
「呪」
本曲でもう一つ重要なのが「呪」である。
歌詞には呪いを思わせる漢字や造語が繰り返し登場し、楽曲全体を支える中心的な概念となっている。
TK自身も本曲について、
音楽や言葉、この世に存在するものから生まれる感情が自分自身の中から作られているのか
という問いを示したうえで、空虚を何で満たすのか、自由と束縛の境界を「呪」で彩ったという趣旨のコメントを発表している。
つまり本作の「呪」は、単純な魔法攻撃ではない。
人間自身の感情。
執着。
欲望。
怒り。
他者への思い。
それらが、自分自身を縛る「呪」になっていく。
この内面的な呪いが楽曲の核心にある。
『陰陽師』と人間の感情
Netflix版『陰陽師』では、人間が抱える負の感情が怪異と深く結び付いている。
Netflix公式は、都で人々の憧れ、嫉妬、執着などが強まり、欲望に飲まれた人間が鬼へ変わる事件が起きる作品として紹介している。
つまり、
人間
↓
感情
↓
欲望
↓
鬼
という変化が物語の根底にある。
「狐独の才望」でも、自分自身の中に存在する感情や欲望が問い掛けられる。
そのため、狐や呪術などの怪異的な単語を使用しながら、最終的に描いているのは人間の心である。
「喜怒哀楽」
歌詞では、人間の基本的な感情である喜怒哀楽について、それが本当に自分自身のものなのかを問い掛ける。
さらに後半では、喜びも怒りも自らが生み出しているという方向へ展開する。
これはTKの公式コメントとも対応している。
音楽や言葉に触れて生まれる感情も、
本当に外から与えられたものなのか。
それとも自分自身が生み出したものなのか。
本作ではその境界が問い直される。
ここでも「陰と陽」「外と内」「自由と縛り」という、『陰陽師』にふさわしい二面性が現れている。
「虚」
狐関連という視点で興味深いのが、「虚」の存在である。
「虚」は空っぽ、実体がない、偽りといった意味を持つ。
そして狐は日本の伝承において、
人間へ化ける
幻を見せる
存在しないものを見せる
といった「虚」と非常に相性のよい存在である。
本作ではこの「虚」が、「狐」や「孤」と音で結び付けられている。
空虚な心。
狐の怪異。
孤独な人間。
この三つを一つの響きへまとめていることが、タイトルと歌詞の大きな特徴である。
「才望」
タイトル後半の「才望」は一般に、才能と人望を意味する言葉である。
しかし歌詞では、この語も単純に肯定的な意味では使用されていない。
人間の内側にある欲望や歪みとともに「才望」が置かれており、才能や力を持つことそのものが人を幸福にするとは限らない世界が描かれる。
「狐独の才望」という題名は、
孤独
狐
才能
欲望
という互いに異なる意味を持つ言葉をぶつけた名称になっている。
「才望」と「細胞」
歌詞では「才望」と響きの近い「細胞」も使用されている。
これは本作に多数存在する音韻的な言葉遊びの一つである。
才望=才能や人望
細胞=身体を構成する単位
発音が近い二つの言葉を使うことで、
精神
能力
欲望
身体
の境界まで曖昧になっていく。
「狐独/孤独」と同じく、似た音を異なる漢字へ変換して意味を重ねていくことが、この楽曲の歌詞表現の大きな特徴である。
陰と陽
『陰陽師』という題材だけに、本作では「陰」と「陽」の対比も重要である。
歌詞には陰のイメージが繰り返し登場し、さらに陽と陰の境界をどう捉えるのかという問いも提示される。
陰か陽か。
善か悪か。
自由か束縛か。
喜びか怒りか。
本物か虚像か。
本作では、物事を単純な二択として分けることを避け、その境界を曖昧にしていく。
これは、陰と陽の双方を扱う陰陽道を題材とする作品にもよく対応している。
月・風・笛
歌詞には月明かりや風、笛を想起させる表現も登場する。
これらは平安時代を舞台とする『陰陽師』の世界を感じさせるモチーフである。
特に源博雅は、夢枕獏の『陰陽師』において音楽・笛と深い関わりを持つ人物として知られる。
ただし、本曲中の笛の描写が博雅を直接指しているとTKが明言した資料は確認できない。
そのため「作品世界を連想させる要素」として扱うのが適切である。
Netflixシリーズ『陰陽師』
『陰陽師』は、夢枕獏による同名小説シリーズを初めてアニメ化したNetflixシリーズである。
2023年11月28日にNetflixで独占配信が開始された。
主人公は、
安倍晴明
と
源博雅。
晴明は高い陰陽の力を持ちながら他人への関心が薄い変わり者。
博雅は特殊な呪術を持たない一方、誠実で人を放っておけない人物として描かれる。
二人が鬼や怪異による事件へ挑む怪奇ミステリーであり、「狐独の才望」はそのオープニングを飾る楽曲である。
TKのコメント
作詞・作曲を担当したTKは、本作について、自分たちの中からあふれる感情とは何なのかという問いを提示している。
また、空虚を何によって満たすのか、自由と縛りの境界を「呪」によって彩ったという趣旨のコメントを寄せた。
このコメントからも、本作が単に、
妖怪が怖い
陰陽師が戦う
という内容ではなく、
人間の感情そのもの
を「呪」として捉えていることが分かる。
狐も同様に、怪異的な装飾だけでなく、人間の孤独や虚無と結び付く言葉として使われている。
ミュージックビデオ
「狐独の才望」のミュージックビデオは2023年11月8日に凛として時雨の公式YouTubeチャンネルで公開された。
監督はshuntaro。
Sony Musicや音楽メディアは、このMVについて「陰陽師を現代版に解釈したドラマ仕立て」の映像であると紹介している。
つまりアニメ本編の平安時代をそのまま映像化するのではなく、「陰陽師」という概念を現代へ置き換えた作品になっている。
楽曲自体も古典的な和風音楽を再現するのではなく、凛として時雨特有の鋭いロックサウンドによって『陰陽師』を現代化している。
Onmyoji Edit
「狐独の才望」には、アニメ用に編集された別バージョンも存在する。
タイトルは、
「狐独の才望 -Onmyoji Edit- (Mixed by Romesh Dodangoda)」
である。
2023年11月29日に1曲入りのデジタルシングルとして配信され、Apple Musicでは1分29秒の楽曲として登録されている。
「Onmyoji」は英語圏でも「陰陽師」を表す語として用いられており、アニメのオープニング尺に合わせたバージョンである。
ミックスはRomesh Dodangodaが担当した。
フル版とOnmyoji Edit
通常版は約3分32秒。
Onmyoji Editは約1分29秒。
そのためアニメのオープニングでは、フルサイズの楽曲をそのまま使用するのではなく、専用の編集版が用意された。
Onmyoji Editでも、狐・孤独・呪い・欲望といった本曲の中心的な要素が凝縮されている。
凛として時雨について
凛として時雨は、TK、345、ピエール中野による日本の3人組ロックバンドである。
TKのハイトーンボーカルとギター、345のボーカルとベース、ピエール中野のドラムを組み合わせた緊張感の高いサウンドを特徴とする。Apple Musicでも、TKと345によるツインボーカル、ピエール中野のビート、ヘヴィロックからポストロックまでを取り込む音楽性が紹介されている。
『PSYCHO-PASS サイコパス』の「abnormalize」など、多数の映像作品と結び付いた楽曲を発表してきた。
「狐独の才望」では、『陰陽師』という古典的・怪異的な題材を、凛として時雨独自の現代的なロックへ置き換えている。
狐関連楽曲としての位置付け
「狐独の才望」は、狐関連楽曲の中でも少し特殊な作品である。
野生のキツネを歌っているわけではない。
狐の嫁入りを描いているわけでもない。
九尾の狐や玉藻前を直接描いた作品でもない。
一方で、
曲名「狐独」
『陰陽師』とのタイアップを意識した「狐」の漢字
歌詞中の狐
「狐」と「孤」の言葉遊び
「虚・狐・孤」の音韻遊び
妖しく蠱惑的なイメージ
呪術・怪異との結び付き
という複数の狐要素が存在する。
特に重要なのは、「狐」が「孤独」という人間の心理そのものへ入り込んでいる点である。
孤独な人間。
空虚な心。
内側に潜む欲望。
それらを「狐」という怪異的な一文字で染める。
狐を動物や妖怪として外側から描くのではなく、人間の心の中へ入り込ませた作品である。
『陰陽師』の怪異世界と、凛として時雨が得意とする人間の内面描写を、「狐独」という造語によって結び付けた、言葉遊びと心理表現の両面から狐と深く関係するロック楽曲である。