はくめんこんもうきゅうびのきつねびだま/あさぎ 白面金毛九尾の狐火玉/浅葱
「白面金毛九尾の狐火玉」は、日本のヴィジュアル系ロックバンド・Dのヴォーカリストである浅葱(ASAGI)のソロ楽曲である。2018年1月31日に発売されたメジャー1stフルアルバム『斑(まだら)』に収録され、限定盤では全13曲中9曲目、通常盤でも9曲目に配置されている。作詞・作曲は浅葱、編曲は浅葱と岡野ハジメが担当している。 題材は、九本の尾を持つ妖狐「九尾の狐」である。浅葱自身が「狐になって飛び跳ねているような感覚」で物語を考えたと語っており、人間側ではなく妖狐側の視点から描いたことが大きな特徴である。狐火に照らされた夜の宴へ人間が迷い込み、妖しい狐たちに迎えられる一方、その宴の裏には捕食者としての恐ろしさも潜んでいる。 九尾の狐、狐火、宴、人を惑わせる妖狐、捕食する狐といった要素が全面的に取り入れられており、浅葱の楽曲の中でも特にキツネとの関係が深い作品である。
基本情報
タイトル:白面金毛九尾の狐火玉
アーティスト:浅葱(ASAGI)
作詞:浅葱
作曲:浅葱
編曲:浅葱・HAJIME OKANO
収録アルバム:斑
発売日:2018年1月31日
収録順:9曲目
レーベル:HPQ/avex
国:日本
アルバム『斑』の限定盤は全13曲、通常盤は限定盤に「妖刀玉兎」を追加した全14曲で構成されているが、「白面金毛九尾の狐火玉」はどちらも9曲目に収録されている。
演奏には浅葱のほか、HIRO(ギター)、Tsunehito(ベース)、MOTOKATSU(ドラム)、Tomoko(琴)、Motoki(三味線)が参加している。ロックバンドの編成に琴や三味線を組み合わせることで、妖狐を題材とする和の世界観を音楽面からも構築している。
楽曲について
「白面金毛九尾の狐火玉」は、狐火が輝く夜の山を舞台に、妖狐たちによる華やかな宴を描いた楽曲である。
歌詞では、夜の宴へ客人を誘い、歌い、踊り、酒を酌み交わしながら楽しむ様子が描かれる。表面的には非常に賑やかで楽しげな宴である。
しかし、その雰囲気は次第に不穏さを帯びる。
宴へやって来た人間を単なる客として歓迎しているだけなのか、それとも獲物として見ているのか分からなくなり、ついには生きたまま食べてしまうことまで示唆される。浅葱自身もインタビューで、この箇所について現代語にすれば非常に直接的で残酷な意味になると説明している。
つまり本作は、
楽しい狐の宴
と
人間を喰らう妖狐の宴
という二つの顔を持っている。
美しさ、楽しさ、かわいらしさと、その裏側に潜む獣としての恐ろしさが同時に描かれているところが特徴である。
キツネとの関係
本作では、キツネが物語そのものの主人公である。
浅葱はアルバム『斑』を制作する際、「物の怪」の側から見た楽曲も作りたいと考え、その中で九尾の狐に着目したと語っている。さらに「白面金毛九尾の狐火玉」について、自分自身が狐になって飛び跳ね、その場所へ人間がやって来るような感覚で物語を作ったと説明している。
そのため、本作は人間が妖狐を外側から観察する歌ではない。
妖狐たちの世界の中へ聴き手を入れ、
狐が遊ぶ
狐が宴を開く
狐が人間を迎える
狐が人間を品定めする
狐が獲物を喰らおうとする
という狐側の感覚から世界が描かれている。
この「妖怪側から描く」という視点が、本作の大きな特徴である。
九尾の狐
タイトルにある「九尾」は、九本の尾を持つ伝説上の狐「九尾の狐」を指す。
九尾の狐は中国をはじめ東アジア各地の伝承に登場し、日本でも有名な妖狐の一つである。
日本では特に、絶世の美女・玉藻前の正体が九尾の狐であったという伝説が広く知られている。栃木県にも、玉藻前となった九尾の狐が正体を見破られ、那須野で討伐されたという殺生石伝説が伝わっている。
ただし、「白面金毛九尾の狐火玉」が玉藻前の物語そのものを描いた作品だと浅葱が説明しているわけではない。
浅葱自身は、物語のベースになるものはありつつも、そこへ自分自身の感情を投影して独自の物語として作ったと語っている。
そのため、本作は玉藻前伝説の再話というより、九尾の狐という伝承上の存在をもとにした浅葱独自の妖狐譚として位置付けるのが適切である。
「白面金毛九尾」
「白面金毛九尾の狐」は、九尾の妖狐を表す名称として日本の玉藻前・殺生石伝説などでも知られている。
「金毛」は金色の毛、「九尾」は九本の尾を表し、人間の女性へ化ける強大な狐の妖怪をイメージさせる言葉である。
栃木県に伝わる殺生石伝説でも、中国から日本へ渡来し、玉藻前へ化けた九尾の狐が語られている。
浅葱の楽曲では、この古典的な妖狐を思わせる長い名称に、さらに「狐火玉」という独自性のある言葉を加えて題名としている。
その結果、
白面
金毛
九尾
狐
狐火
玉
という、妖しく幻想的な言葉が連なる非常に印象的なタイトルとなっている。
狐火
本作では冒頭から「狐火玉」が登場する。
狐火とは、日本各地に伝わる怪火の一種で、夜の山野などに不可思議な火が現れる現象を狐と結び付けたものである。古くは狐が火をともす、あるいは狐が口から火を吐くといった俗信も存在してきた。
そのため、狐火は日本文化において「狐がそこにいること」を示す代表的な怪異の一つである。
本作では、その狐火が夜の妖狐たちの宴を照らしている。
普通の松明や灯籠ではなく「狐火」によって照らされた宴であることによって、舞台が最初から人間の日常世界ではないことが示されている。
狐たちの宴
本作の中心となる光景が、夜に開かれる狐たちの宴である。
妖狐たちは歌い、踊り、酒を酌み、花を与えながら賑やかに過ごしている。
この部分だけを見ると、狐たちは恐ろしい妖怪というより非常に楽しげな存在である。
浅葱もこの楽曲について、自分自身が狐になって「飛び跳ねているような感覚」で制作したと語っている。
そのため、妖狐の宴には怖さだけでなく、
遊び好き
陽気
自由奔放
いたずら好き
といった狐らしい軽快さも感じられる。
九尾の狐を常に荘厳で恐ろしい大妖怪として描くのではなく、仲間と騒ぎながら遊ぶ一匹の狐として捉えている点が、本作独自の表現である。
人間という「客人」
宴には、人間と思われる「客人」がやって来る。
妖狐たちはその人物を歓迎し、宴へ誘い込む。
しかし、人間にとってその歓迎が本当に好意なのかは分からない。
狐は日本の伝承で、人間を化かし、幻を見せたり、不可思議な場所へ誘い込んだりする存在としても語られてきた。
本作の華やかな宴も、人間から見れば魅力的な世界である。
だが、その楽しさに惹かれて深入りすると、実は自分自身が宴の「料理」だったのかもしれない。
この二重性によって、「狐に化かされる」という伝承的な恐怖が表現されている。
人を喰らう妖狐
本作の狐は、人間を化かすだけではなく、捕食者としての一面も持っている。
浅葱はインタビューで、歌詞中の古語表現について、「生きたまま食ってやろうか」というほど残酷な意味を、古語を用いることで直接的すぎない形へ落とし込めたと語っている。
ここで九尾は、単なる神秘的な霊獣ではない。
人間にとって明確な脅威となる「獣」である。
華やかな宴を開き、人間を油断させながら、最後には食べてしまうかもしれない。
かわいらしい狐と恐ろしい捕食者が同じ存在の中に共存している。
これこそ本作の妖狐が持つ大きな二面性である。
「こうこう」
楽曲では「こうこう」という印象的な掛け声が繰り返される。
この音は宴の掛け声として機能すると同時に、狐を象徴する鳴き声のようにも聞こえる。
浅葱は、楽曲最後の高く抜ける声について「九尾の狐は女性だから、ファルセットで高く抜けよう」と考えたことをインタビューで明かしている。
つまり九尾の狐という設定は、歌詞だけではなく実際の歌唱方法にも反映されている。
浅葱自身が妖狐になりきり、その身体性や声まで想像しながら表現した楽曲なのである。
「9」へのこだわり
「白面金毛九尾の狐火玉」では、九尾にちなむ数字の「9」が制作上の非常に重要な要素となっている。
浅葱はインタビューで、この楽曲について「とにかく“9”にこだわりたかった」と明言している。
そのこだわりから、楽曲には9拍子を印象付けるフレーズが取り入れられた。
さらにアルバム『斑』でも、プロデューサーの岡野ハジメからもっと前の曲順を提案されたにもかかわらず、「9にこだわりがある」という理由で9曲目に配置したという。
そして偶然にも、歌詞が完成した日は9月9日だった。
これは浅葱本人も完成後に気付いたことで、インタビューでは鳥肌が立ったという趣旨のエピソードを語っている。
つまり本作では、
九尾
9拍子
アルバム9曲目
歌詞完成が9月9日
という形で、「9」が作品全体を貫く数字となっている。
古語による歌詞
「白面金毛九尾の狐火玉」の歌詞は、現代語ではなく古語を多用して書かれている。
浅葱は『斑』について、日本の歴史や物語、文化を自分自身の表現へ取り込んだ作品であり、古語による作詞もその大きな特徴だったと語っている。
特に本作では、非常に残酷な内容であっても古語を使うことで露骨になりすぎず、逆に不気味な余韻を持たせられると説明している。
このため、歌詞を一見すると古典文学の一節のように雅やかである。
しかし意味を読み解いていくと、
宴
誘惑
捕食
死
といった恐ろしい内容が隠れている。
「美しい言葉の中に恐怖を隠す」という構造自体が、人間の目には美しく見えながら本性は恐ろしい妖狐という題材ともよく重なっている。
和楽器と妖狐
本作では通常のロック編成に加え、琴と三味線が使用されている。
公式クレジットでは、
ヴォーカル:浅葱
ギター:HIRO
ベース:Tsunehito
ドラム:MOTOKATSU
琴:Tomoko
三味線:Motoki
という編成が確認できる。
九尾の狐という日本的・東洋的な題材を、歌詞だけでなく音色からも表現した楽曲である。
特に古語による歌詞と琴・三味線が組み合わされることで、現代のロックでありながら、古い物語の中へ迷い込んだような雰囲気が作られている。
アルバム『斑』
『斑』は2018年1月31日に発売された、浅葱にとって初のフルアルバムであり、メジャー1stアルバムでもある。avex内レーベル「HPQ」から発売された。
浅葱は同作について、日本の歴史や文化、伝承などを取り込み、日本で生まれ育った自分だからこそ表現できる作品を作りたいと考えたことを語っている。
収録曲には、
「月界の御子」
「畏き海へ帰りゃんせ」
「花雲の乱」
「隠桜」
「螢火」
「大豺嶽~月夜に吠ゆ~」
「冬椿 ~白妙の化人~」
「白面金毛九尾の狐火玉」
「鬼眼羅」
「雲の通ひ路」
「物の怪草子」
など、日本の伝承や物の怪、動物、古典的世界を思わせる楽曲が並んでいる。
その中で「白面金毛九尾の狐火玉」は、妖狐を主人公とする作品として9曲目に配置された。
「斑~白面金毛九尾の狐火玉編~」
本作はアルバム収録曲だけにとどまらず、後に浅葱の単独公演の中心テーマにも選ばれた。
2018年9月24日には恵比寿LIQUIDROOMで単独公演「斑~白面金毛九尾の狐火玉編~」が開催された。
浅葱は同公演について、「今回の主軸はタイトルにあるように“妖狐”が中心」と明言している。衣装やステージも、それ以前の『斑』公演とは大きく異なる妖狐中心の構成となった。
さらに公演に先駆けて「白面金毛九尾の狐火玉」の振付動画も公式に公開された。
そのため本曲は、アルバムの一楽曲であるだけでなく、『斑』から派生した「妖狐」の世界を代表する作品としてライブ展開されたことになる。
「妖狐の嫁入り」への発展
「白面金毛九尾の狐火玉編」の公演に合わせ、新たな妖狐楽曲「妖狐の嫁入り」も制作された。
浅葱公式情報では、2018年9月の単独公演に向けて会場・通販限定音源として「妖狐の嫁入り」が発売されたことが確認できる。
ライブレポートでも、新衣装の白い着物をまとった浅葱が妖狐として登場し、狐が人間を煙に巻くかのような演出が行われたと記録されている。
後年には「狐華火」も制作され、2024年8月7日に発売された同シングルには、
- 狐華火
- 白面金毛九尾の狐火玉
- 妖狐の嫁入り
という3曲が収録された。
このことから「白面金毛九尾の狐火玉」は、その後も浅葱のソロ活動における妖狐世界の中心的な楽曲として扱われ続けていることが分かる。
浅葱について
浅葱(ASAGI)は、ヴィジュアル系ロックバンド・Dのヴォーカリストであり、バンドでは作詞や主要な作曲、作品のシナリオ・アート面にも深く携わってきた。ソロでは2016年にメジャーデビューし、日本の歴史、伝承、動物、物の怪などを題材とした独自の世界を展開している。
浅葱自身は動物が好きであり、動物側の目線に立って物語を考えることも好きだと語っている。「白面金毛九尾の狐火玉」も、その創作姿勢が直接表れた作品である。
九尾の狐を外部から恐れる人間の歌ではなく、自らが九尾の狐になり、その身体で跳び回り、人間を宴へ迎え入れる。
狐火、九尾、古語、琴、三味線、9拍子、9曲目という音楽・歌詞・構成のあらゆる部分に妖狐の要素が組み込まれた、浅葱を代表する狐関連楽曲の一つである。