きゅうび/きりゅう 九尾/己龍

「九尾」は、日本のヴィジュアル系ロックバンド・己龍による楽曲である。2015年4月1日に13枚目のマキシシングルとしてB.P.RECORDSから発売された。作詞・作曲はギターの酒井参輝が担当している。 タイトルの通り「九尾の狐」をモチーフとした作品であり、人間を妖しく誘惑し、愛情を貪りながらも決して満たされることのない存在が描かれている。歌詞には九つに分かれた影、尾、獣性、宴、誘惑など、九尾の妖狐を強く連想させる要素が随所に盛り込まれている。 己龍が掲げる「和製ホラー」の世界観と、日本・東アジアで語り継がれてきた妖狐のイメージが濃密に結び付いた楽曲である。

基本情報

タイトル:九尾
読み:きゅうび
アーティスト:己龍
作詞:酒井参輝
作曲:酒井参輝
編曲:酒井参輝
発売日:2015年4月1日
形態:13th Maxi Single
発売元:B.P.RECORDS
国:日本

己龍公式サイトでは、「九尾」は13枚目のマキシシングルとして2015年4月1日に発売されたことが確認できる。通常盤H-TYPEには表題曲「九尾」と「後ノ今宵」、通常盤I-TYPEには「九尾」と「鬼ノ傀儡」が収録された。

また、初回限定盤を含め複数タイプで発売され、G-TYPEやE-TYPEなどでは「九尾」1曲とメンバー別ブックレットが収録された。

楽曲について

「九尾」は、美しく妖しい存在が人間の愛情や欲望を貪っていく物語として描かれている。

歌詞の主人公は、相手から向けられる愛情を求め続ける。しかし、どれだけ愛を与えられても満たされることはなく、さらに多くを欲し続ける。やがて相手との関係そのものを喰らい尽くしてしまうような、非常に破滅的な存在として描かれる。

そこには、

欲望
誘惑
性愛
捕食
宴
偽り
獣性

といった要素が複雑に絡み合っている。

そのため本作における九尾は、神聖な霊獣というよりも、人間を誘惑し、欲望のままに喰らう妖狐として描かれている。

キツネとの関係

本作では、キツネとの関係は非常に強い。

題名の「九尾」は、そのまま九尾の狐を指すものと考えられ、歌詞でも「九つに裂けた影」や尾を思わせる描写などが登場する。

さらに、

人間を誘惑する
本心を隠す
獣のように振る舞う
相手を貪る
美しさと恐ろしさを併せ持つ

という特徴も、妖狐の伝承と強く重なる。

狐を直接「キツネ」と説明するだけではなく、その妖怪的な特徴を歌詞全体へ落とし込んでいる作品である。

九尾の狐

九尾の狐は、九本の尾を持つ狐の霊獣・妖怪である。

中国をはじめとする東アジアの伝承に古くから登場し、日本でも非常に有名な妖狐の一種となっている。

伝承や時代によってその性格は異なり、吉兆をもたらす霊獣として描かれることもあれば、絶世の美女へ化けて人間や国家を破滅させる恐ろしい妖怪として語られることもある。

日本では特に、鳥羽上皇に仕えた美女・玉藻前の正体が九尾の狐であったという伝説が広く知られている。

己龍の「九尾」は、こうした九尾の狐の中でも「人を誘惑し、惑わせ、破滅へ導く妖狐」という側面との親和性が高い作品である。

ただし、楽曲が玉藻前など特定の伝説を直接題材にしていると断定できる公式説明は確認できない。

酒井参輝による制作

「九尾」は、己龍のギターを担当する酒井参輝が作詞・作曲した楽曲である。音楽ナタリーの発売時インタビューでも、「九尾」の作詞・作曲が酒井参輝によるものであることが確認できる。

歌ネットでは作詞・作曲・編曲のすべてが酒井参輝と登録されている。

楽曲では九尾という妖怪を単純に紹介するのではなく、性愛や執着、愛情への飢えといった人間の感情へ結び付けている。

このため九尾は、一匹の妖怪であると同時に、「いくら愛を得ても満たされない欲望」の象徴としても機能している。

九つに分かれた影

歌詞の中でも特に狐との関係が強いのが、「九」という数字で表現される影である。

九尾の狐最大の特徴は、文字通り九本の尾を持つことである。

本作では単純に「九本の尾」と説明するのではなく、月光の下で影が九つに分かれるような幻想的な表現が用いられている。

人間の姿を取っていた存在が、光や影によって九尾の正体を垣間見せてしまったような情景として捉えることもできる。

妖狐の姿を直接描写しすぎず、影によって正体を示唆することで、不気味さと妖艶さを同時に生み出している。

尾

本作では「尾」そのものも重要な狐の象徴となっている。

狐の尾は、日本の妖狐文化において非常に象徴的な身体的特徴である。

人間へ化けた狐が尻尾を隠しきれず正体を見破られる話も多く、九尾の狐の場合は九本もの尾を持つことが、その霊力や異形性を象徴する。

本作でも、妖しく舞う姿と尾が結び付けられており、視覚的に九尾の狐を想像しやすい表現となっている。

誘惑する妖狐

「九尾」の中心にあるのが、相手を誘惑する存在としての妖狐である。

歌詞では、肉体的な魅力や性愛を利用して相手を絡め取り、甘美な世界へ引き込む様子が描かれている。

東アジアの狐伝承では、狐が美しい女性へ姿を変え、人間の男性を誘惑する話が数多く存在する。

己龍の「九尾」でも、この「美しく妖艶でありながら、近づけば危険」という妖狐の二面性が強調されている。

単に恐ろしい怪物なのではなく、相手自身が進んで近づいてしまうほど魅力的な存在であることが重要である。

愛を喰らう九尾

本作の九尾は、肉体的な獲物だけでなく「愛」そのものを貪る存在として描かれている。

相手からどれほど愛情を受け取っても満たされることがなく、さらに欲し続ける。

この構図によって、妖狐の捕食性と人間の欲望が重ねられている。

九尾は相手を愛しているように見える。

しかし、その愛が本物なのか、それとも相手を喰らうための誘惑なのかは曖昧である。

「愛している」という感情すら、相手を籠絡するための嘘だったのではないかという不安が、本作の恐ろしさにつながっている。

嘘と妖狐

楽曲では「嘘」も繰り返し重要な意味を持つ。

九尾は美しく愛情深い存在として振る舞うが、その姿も感情も本物とは限らない。

狐は日本の民間伝承において、

人間へ化ける
幻を見せる
別人のふりをする
人間を騙す

といった「虚実を入れ替える存在」として語られてきた。

そのため、本作に登場する「嘘」は、妖狐という題材と非常に相性がよい。

相手が愛していた存在は、本当に人間だったのか。

語られていた愛は、本当に愛だったのか。

そうした疑念が九尾という存在によって強調されている。

宴と九尾

楽曲には、夜の宴を思わせる場面も繰り返し登場する。

妖怪や狐と夜の宴は、日本の怪異表現でも親和性の高い組み合わせである。

夜、月、酒宴、舞、妖しい女性という要素が重なることで、人間の日常から離れた異界の祝宴のような光景が形成される。

この宴には華やかさがある一方、破滅的で不気味な雰囲気も漂う。

人間が妖狐の宴へ迷い込み、気付いたときには取り返しがつかなくなっている――そのような怪談的な世界を想像させる構成となっている。

獣としての九尾

本作では、九尾が人間の姿を取りながらも、その内側には獣としての性質が残されている。

歌詞には獣性や爪・牙を連想させる要素があり、美しい人間の姿の奥に捕食者としての本性が存在することが示される。

これは、人間へ変化した妖狐の正体がふとした瞬間に現れるという伝承的な表現とも重なる。

普段は美しい女性。

しかし、欲望が高まった瞬間には獣の本性が姿を見せる。

この「人間」と「狐」、「美」と「獣」の二面性が、楽曲の大きな魅力となっている。

ミュージックビデオ

「九尾」にはミュージックビデオが制作されている。

己龍公式YouTubeでは、2015年4月1日発売の13th Maxi Single「九尾」のMUSIC VIDEOとして公開されている。

シングル発売時のビジュアルでも、己龍が得意とする和装・和風の世界観が前面に押し出されており、九尾という日本的な妖怪モチーフとバンドの「和」の表現が組み合わされている。

そのため、楽曲だけでなく衣装や映像も含めて、九尾の狐を思わせる妖しく華やかな世界観を楽しめる作品となっている。

ライブでの「九尾」

「九尾」は発売後も己龍のライブで演奏されている。

2016年1月8日にZepp Tokyoで開催された己龍単独公演「FAMILY PARTY」千秋楽では、アンコール2曲目として「九尾」が演奏された。

シングル表題曲として発表された後もライブレパートリーとして残り、己龍の和製ホラーの世界を象徴する楽曲の一つとなった。

己龍について

己龍は、日本のヴィジュアル系ロックバンドである。

和装や日本の怪談・妖怪・古語などを取り入れた「和製ホラー」を強く打ち出し、独特のヴィジュアルと楽曲世界を展開してきた。

「九尾」は、その音楽性と狐文化の相性が特に強く表れた作品である。

九尾の狐という日本でもよく知られた妖怪を題材にしながら、単なる妖怪紹介にはせず、欲望、性愛、嘘、捕食、愛情への飢えといった人間的な感情へ置き換えている。

九本の尾を持つ妖狐、美しい姿で人間を誘惑する狐、人を化かす狐、獣として相手を喰らう狐という複数のイメージが楽曲全体に盛り込まれており、キツネとの関係が非常に濃い狐関連楽曲である。

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