たそがれのきつね/りゅとむす たそがれの狐/Rhythmus
「たそがれの狐」は、日本の作曲家・今村愛紀による吹奏楽作品である。演奏音源では小編成吹奏楽団Rhythmus(リュトムス)が演奏を担当しており、2017年3月発売のCD『吹奏楽コンクール自由曲レパートリー集 vol.2「たそがれの狐」』に収録された。国立国会図書館にも同CDが2017年3月刊行の録音資料として登録されている。 本作は、作曲者の今村愛紀が京都へ赴いた際、伏見稲荷大社で狛狐と千本鳥居に囲まれながら迎えた「たそがれ時」の光景から着想を得て作曲された。日没後の薄明、いわゆる「マジックアワー」の幻想的な景色と、伏見稲荷大社の狐が作品の重要な出発点となっている。 そのため、タイトルだけに狐を使用した作品ではない。実際に作曲者が伏見稲荷大社の狛狐を目にした体験が制作背景にあり、「狐」と「黄昏」が明確に結び付いた狐関連吹奏楽曲である。
基本情報
タイトル:たそがれの狐
英題:Fox into the Magic Hour
作曲:今村愛紀
演奏:Rhythmus
指揮:樫野哲也
形態:吹奏楽曲/インストゥルメンタル
編成:小~中編成
最低演奏人数:11名程度
グレード:3.5
演奏時間:約6分30秒
初出CD:吹奏楽コンクール自由曲レパートリー集 vol.2「たそがれの狐」
CD発売:2017年3月
発売番号:POCS-1542
国:日本
SpotifyではRhythmusによる音源が6分29秒として配信されている。
なお、Apple Musicでは現在、2020年4月1日付の『【超小編成】吹奏楽コンクール自由曲レパートリー集vol.2』収録曲としても配信されているが、作品およびCD自体は2017年にすでに発表されている。
楽曲について
「たそがれの狐」は歌詞を持たない吹奏楽作品である。
そのため、狐を主人公とした具体的な物語が文章で語られるわけではない。
作品の背景を理解するうえで最も重要なのは、作曲者自身による作品解説である。
今村愛紀は作曲にあたり、インスピレーションを求めて京都へ出かけた。そして京都のさまざまな風景を見た中でも、伏見稲荷大社で「狛狐」と「千本鳥居」に囲まれながらファインダー越しに迎えたたそがれ時の景色が特に強く印象に残り、その体験を楽曲へとしたためたと説明している。
したがって本作は、
京都
伏見稲荷大社
狛狐
千本鳥居
たそがれ時
マジックアワー
という具体的な風景から生まれた作品である。
キツネとの関係
本作における狐との関係は非常に明確である。
作曲者が実際に伏見稲荷大社を訪れ、そこで目にした「狛狐」が作品の着想となっている。
伏見稲荷大社では、境内の各所に狐像を見ることができる。
本作の場合、野生動物としてのキツネを音楽で描写したわけではなく、稲荷信仰と結び付いた狐像が重要なモチーフである。
したがって、
野生のキツネを描く作品
というより、
「伏見稲荷大社の狐像と黄昏の景色を音楽へ変換した作品」
と位置付けるのが適切である。
伏見稲荷大社での体験
作品解説によれば、今村愛紀は本作の作曲にあたり、京都へ「インスピレーションを広げる旅」に出た。
京都には寺社、町並み、自然など数多くの特徴的な景色がある。
その中でも特に作曲者の印象に残ったのが、伏見稲荷大社での光景だった。
周囲には狛狐。
そして延々と続く千本鳥居。
その空間で日が沈み、昼と夜の間にあたる「たそがれ時」を迎えた。
今村はその景色について、言葉では十分に表現できないほど印象的だったという趣旨で説明し、その時の感覚を曲へ落とし込んだ。
つまり「たそがれの狐」は、想像上の狐世界から作られたのではなく、作曲者自身の実体験から生まれている。
「たそがれ時」
タイトル前半の「たそがれ」は、日が沈んだ直後、まだ完全な夜になる前の薄暗い時間帯を意味する。
作曲者は作品解説で、この時間帯が写真家の間で「マジックアワー」とも呼ばれ、周囲が金色に染まる幻想的な写真を撮影できる時間として知られていると説明している。
本作の英題も、
「Fox into the Magic Hour」
とされている。
直訳すれば、
「マジックアワーの中の狐」
あるいは
「マジックアワーへ入っていく狐」
といった意味を持つ。
日本語タイトルの「たそがれ」と英題の「Magic Hour」が対応している。
「たそがれ」と狐
狐は、日本の昔話や伝承において夜や薄暗い時間帯と結び付けられることの多い存在である。
昼間の明るい世界よりも、
夕暮れ
夜道
山中
森
神社
怪しい灯火
などの情景とともに登場することが多い。
そのため、「たそがれ」と「狐」という組み合わせは、日本の狐文化から見ても非常に親和性が高い。
しかし本作については、単に「狐は夜の動物だから」という理由で命名されたわけではない。
実際に作曲者が伏見稲荷大社で、狐像に囲まれながらたそがれ時を迎えた体験が題名の背景に存在する。
この点が、本作における狐との関係を非常に具体的なものとしている。
狛狐
今村愛紀の作品解説では、伏見稲荷大社で目にしたものを「狛狐」と表現している。
一般的な神社では、入口などに狛犬が置かれることが多い。
一方、稲荷神社では狐像が置かれていることが多く、伏見稲荷大社も数多くの狐像で知られる。
これらの狐は稲荷大神そのものではなく、稲荷大神と関係する眷属・使いとして位置付けられてきた。
「たそがれの狐」で重要なのも、この稲荷信仰の狐である。
そのため本作の狐は、
妖狐
九尾の狐
人間を化かす狐
といった怪異的な狐ではなく、
神社という神聖な空間に置かれた狐像
として作品の出発点になっている。
千本鳥居と狐
伏見稲荷大社を象徴するものの一つが千本鳥居である。
作曲者の解説でも、狛狐とともに「千本鳥居」が明確に挙げられている。
朱色の鳥居が連続する独特な空間。
その周囲に立つ狐像。
そして日没直後の金色の光。
これらが一体となった景色が、「たそがれの狐」の原風景となった。
したがって本作では、狐単体を切り離して理解するより、
伏見稲荷大社という空間の中にいる狐
として捉えることが重要である。
和風の楽曲
「たそがれの狐」は、作曲者自身によって「和風の楽曲」と説明されている。
京都、伏見稲荷、千本鳥居、狛狐という制作背景からも、日本的な景色を題材としていることが分かる。
しかし今村は同時に、表面的な「日本」や「キツネ」を追求した作品ではないとも説明している。
ここは、本作を狐関連曲として紹介するうえで非常に重要である。
つまり、
狐の鳴き声を楽器で再現する
狐が走る姿を具体的に描く
妖狐の物語を音楽化する
といった作品ではない。
狐や鳥居という具体的な題材を出発点としながら、その景色を見たときに感じた精神的・幻想的な美しさそのものを音楽へ変換しているのである。
「日本」や「キツネ」を表面的に描かない
作曲者は、演奏者に対しても興味深い希望を述べている。
本作は和風の作品ではあるものの、「日本」や「キツネ」を表面的に追い求めるのではなく、精神世界の中で美しいものへ触れるようなイメージで演奏してほしいという趣旨で説明している。
したがって「たそがれの狐」における狐は、単なるキャラクターではない。
狛狐と千本鳥居に囲まれ、黄昏の光に包まれたときの、
神秘性
静けさ
美しさ
非日常感
を象徴する存在の一つとなっている。
狐そのものの生態や行動よりも、「狐が存在する景色によって生まれる感覚」が作品の中心にある。
狐を「見る」作品
狐関連の楽曲では、狐が主人公として行動する作品が多い。
例えば、
狐が人間へ恋をする
狐が人を化かす
狐が夜を走る
といった物語が描かれる。
しかし「たそがれの狐」は少し異なる。
ここでの作曲者は狐自身になるのではなく、「狐のいる風景を見る側」である。
伏見稲荷大社へ行き、
鳥居を見る。
狐像を見る。
そこへ夕暮れの光が差し込む。
その光景をカメラのファインダー越しに見る。
そして、その時に受けた印象を音楽にする。
そのため本作は「狐を題材にした物語」ではなく、「狐のいる情景から生まれた音楽」といえる。
写真と音楽
作曲背景には「写真」も重要な要素として存在する。
今村は、たそがれ時が写真家に「マジックアワー」と呼ばれる時間帯であることを説明し、自身も伏見稲荷大社でファインダー越しにその時間を迎えたとしている。
つまり制作過程には、
風景
↓
カメラのファインダー
↓
作曲者が受けた印象
↓
吹奏楽
という変換がある。
写真として切り取りたくなるほど美しい一瞬を、今度は音楽によって表現した作品である。
タイトルの「狐」も、その一枚の写真のような情景を構成する重要な存在となっている。
英題「Fox into the Magic Hour」
配信版では、「たそがれの狐」の英題として「Fox into the Magic Hour」が確認できる。
「Magic Hour」は、作曲者が作品解説で説明している「たそがれ時」と直接対応している。
そのため英題では、
狐
+
マジックアワー
という作品の二つの主要なモチーフが、そのまま表現されている。
日本語題では「たそがれ」という古風で情緒的な日本語を用い、英題では写真用語としても知られる「Magic Hour」を使用している点も特徴である。
吹奏楽作品としての特徴
「たそがれの狐」は、小~中編成向けに作曲された吹奏楽作品である。
出版社による楽譜情報では、
グレード:3.5
演奏時間:約6分30秒
編成:小~中編成向け
とされている。
さらにフルートとトランペット以外を各1名とすることで、11名程度でも演奏できるよう作曲されている。
国立国会図書館のCD収録情報でも「最低演奏人数11名」「Gr.3.5」の小編成向け吹奏楽曲として登録されている。
大人数の吹奏楽部だけでなく、人数の少ない学校や楽団でも取り組める作品として設計されている。
コンクール自由曲
「たそがれの狐」は、『吹奏楽コンクール自由曲レパートリー集』に収録された作品である。
Universal Musicによれば、このシリーズは吹奏楽コンクールの自由曲選びを目的とし、出版楽譜とCDを連動させた企画である。第2弾には小編成向けから上級バンド向けまで幅広い作品が収録された。
「たそがれの狐」は小編成向け作品として収録されている。
実際に学校の吹奏楽部でもコンクール自由曲として演奏されており、埼玉県立久喜北陽高校吹奏楽部では2017年に作曲者の今村愛紀本人を招き、作品の背景やインスピレーションを受けた風景について説明を受けながらレッスンを行っている。
CD『吹奏楽コンクール自由曲レパートリー集 vol.2』
本作は2017年3月発売の『吹奏楽コンクール自由曲レパートリー集 vol.2「たそがれの狐」』に収録された。
アルバムには、
「薔薇乙女の覚書き」による前奏曲
たそがれの狐
ラ・グリーン
Variations of 4:00 a.m.
樹霊幻想
月光波濤
小惑星探査ロケット はやぶさの軌跡
「ピアノ協奏曲第2番」よりシンフォニックセレクション
などが収録されている。
「たそがれの狐」はアルバムそのものの副題としても採用されているため、作品集を代表する一曲として扱われている。
Rhythmus
CDでは、Rhythmusが「たそがれの狐」を演奏している。
Universal MusicはRhythmusについて、首都圏の音楽大学在籍者によって構成された新進気鋭の小編成吹奏楽団として紹介している。
同CDではRhythmusが小編成向け作品の一部を担当し、「たそがれの狐」のほか「薔薇乙女の覚書きによる前奏曲」「ラ・グリーン」などを演奏した。
現在Apple MusicやSpotifyなどで「たそがれの狐」を検索した際にアーティストとしてRhythmusが表示されるのは、Rhythmusがこの録音を演奏しているためである。
ただし楽曲そのものの作者は今村愛紀である。
今村愛紀について
今村愛紀は、日本の作曲家である。
本人の公式作品一覧では、吹奏楽作品として「たそがれの狐/Rhythmus」が掲載されており、このほか「しののめの鷗」「冬を越え、花は美しく」「鳥の楽園」などの作品が確認できる。
自身のディスコグラフィーでも『吹奏楽コンクール自由曲レパートリー集 vol.2「たそがれの狐」』への収録を紹介している。
「たそがれの狐」は、そんな今村が京都へインスピレーションを求める旅へ出た結果、伏見稲荷大社で出会った特別な一瞬から生まれた作品である。
狐関連楽曲としての位置付け
「たそがれの狐」は、狐との関係が題名だけではない。
作曲者自身によって、
京都を訪れたこと
伏見稲荷大社へ行ったこと
狛狐と千本鳥居に囲まれたこと
そこで「たそがれ時」を迎えたこと
その景色から作曲したこと
が明確に説明されている。
一方で、作曲者は「日本」や「キツネ」を表面的に追求した作品ではないとも述べている。
したがって本作は、
「キツネを音で再現した曲」
ではなく、
「伏見稲荷大社の狐と黄昏が作り出す精神的・幻想的な美しさを音楽へした作品」
と考えるのが最も適切である。
動物としての狐、妖狐、狐の嫁入りなどとは異なり、稲荷信仰の狐像と実際の風景を出発点として制作された、日本の狐文化と直接つながる吹奏楽作品である。